ハクビシンとは?台湾から来た外来種の生態・見分け方・被害統計

ハクビシン(白鼻心、学名 Paguma larvata)は、食肉目ジャコウネコ科に属する中型の哺乳類です。額から鼻先にかけて走る1本の白い線が名前の由来で、日本国内でこの模様を持つ野生動物は本種だけです。
本記事は、ハクビシンという動物について、環境省・農林水産省・国立環境研究所などの公的資料と査読論文にあたって整理したものです。一般向けの解説では出典が示されないまま数値が独り歩きしていることが多いため、数値には必ず出典と年度を併記し、文献間で食い違う場合は両方を示しました。
ハクビシンの基本データ

はじめに、本記事で扱う範囲の要点をまとめます。各項目の根拠は、対応する章で詳述します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 和名 | ハクビシン(白鼻心) |
| 学名 | Paguma larvata(C. E. H. Smith, 1827) |
| 分類 | 哺乳綱 食肉目 ジャコウネコ科 ハクビシン属 |
| 英名 | Masked Palm Civet |
| 原産地 | ヒマラヤ、中国南部、台湾、マレー半島、スマトラ、ボルネオ |
| 体の大きさ | 頭胴長およそ50〜70cm、尾長およそ40cm前後、体重3〜4kg(資料により幅がある) |
| 日本での分布 | 37都府県、全国5kmメッシュの約26%(環境省 2017年度調査) |
| 食性 | 果実を中心とした雑食 |
| 活動時間 | 夜行性(撮影記録の99.6%が19時〜5時) |
| 法的な位置づけ | 鳥獣保護管理法の対象。狩猟鳥獣(1994年指定)。特定外来生物には非指定 |
| 農作物被害額 | 4億7,808万円(令和6年度・全国) |
分類学上の位置づけ

ハクビシンは食肉目(ネコ目)ジャコウネコ科ハクビシン属に分類されます。より細かくはパームシベット亜科(Paradoxurinae)に置かれます。
ハクビシン属は1属1種
ハクビシン属(Paguma)に含まれる現生種はハクビシン1種のみで、いわゆる1属1種です。かつて別種とされた Paguma reevesi Matschie, 1908 は、現在では基亜種 P. l. larvata の異名(シノニム)として扱われています。
種の下位区分である亜種については、資料によって数が異なります。GBIF(地球規模生物多様性情報機構)のバックボーン分類では16亜種が有効とされる一方、今泉吉典(1977)は「10数亜種」としています。台湾の個体群は P. l. taivana に当たり、後述する日本への移入史を考えるうえで重要な位置を占めます。
学名の命名者には2つの表記がある
学名の著者引用は、広く流通しているのが「C. E. H. Smith, 1827」です。一方、アメリカ哺乳類学会のMammal Diversity Databaseは「C. H. Smith in Griffith, C. H. Smith & Pidgeon, 1825」とし、原記載名を Gulo larvatus、タイプ産地を「おそらく中国南部」としています。学術的な文脈で引用する際は、どちらの表記を採ったかを示しておくのが無難です。
和名と別名
「白鼻心」という和名は、額から鼻筋にかけて白い線が走ることに由来します。中国語では台湾で「台灣白鼻心」が正式名とされ、別名として「果子狸」「烏腳香」が用いられます。
日本国内では、戦前に毛皮獣として流通した際に「タイワンタヌキ(台湾狸)」「ハクモテン(白毛貂)」「白毛紹」といった商品名が使われていました。これらは中村一恵ほか(1989)が福島・静岡・愛媛・徳島で行った聞き込み調査で記録されたもので、後述する移入史の有力な手がかりになっています。
体つきと見た目の特徴

ハクビシンは、細長い胴と短い四肢、そして体に対して非常に長い尾を持ちます。もっとも分かりやすい識別点は、額から鼻先まで一直線に走る白い帯です。
計測値は資料によって幅がある
体の大きさについては、公的資料の間でも数値が一致していません。とくに尾長の差が大きく、国立環境研究所は40cm、世界大百科事典は50〜65cmとしています。「体長」と「頭胴長」が区別されずに使われていることも、比較を難しくしています。
| 出典 | 頭胴長・体長 | 尾長 | 体重 |
|---|---|---|---|
| 国立環境研究所 侵入生物データベース | 61cm(雌)/66cm(雄) | 40cm | 3kg |
| 世界大百科事典ほか | 体長50〜76cm | 50〜65cm | 3〜5kg |
| 東京都環境局 | 体長40〜60cm(成獣) | 記載なし | 2.0〜5.5kg |
| 環境省生物多様性センター(2002) | 全長90〜110cm | 全長に含む | 3〜4kg |
日本国内で捕獲個体を実測した報告として、中村一恵ほか(1989)が神奈川県産の3個体の数値を公表しています。湯河原町産の雌が頭胴長410mm・尾長315mm、箱根仙石原産の雄が頭胴長525mm・尾長398mm・体重3.5kg、箱根町大平台産の雄が頭胴長506mm・尾長403mm・体重2.55kgです。
この3個体から計算すると、尾長は頭胴長のおよそ76〜80%にあたります。「体と同じくらい長い尾」と説明されることがありますが、実測値から見ると体より少し短い、というのが実態に近い表現です。
より大きな標本数の研究としては、豊田英人ほか(2012)が埼玉県で捕獲された成獣168頭(雄74頭、雌94頭)を計測しています。冬期に捕獲された個体は他の季節より体重・胸囲・腰囲が増加すること、受胎数が平均2.9±0.9であること、経産率が57.4%であることが報告されています。
指は前後とも5本
ハクビシンの指は前足・後足とも5本です。足跡には5本の指跡が残り、爪跡は不明瞭で、全体に丸みを帯びます。この「5本指で爪跡が出ない」という組み合わせが、他の中型獣と区別する際の手がかりになります。
似ている動物との見分け方

屋根裏や庭で痕跡を見つけたとき、ハクビシンなのか他の動物なのかで取るべき対応が変わります。姿を見ていなくても、足跡とフンから種を絞り込めます。
| 見るところ | ハクビシン | アライグマ | タヌキ | アナグマ |
|---|---|---|---|---|
| 顔の模様 | 額から鼻先に白い縦線1本 | 目のまわりに黒い帯、尾に輪模様 | 目のまわりが黒い | 顔に2本の黒い縦線 |
| 尾 | 長く、縞模様はない | 太く、はっきりした輪模様 | 短く太い | 短い |
| 足跡の指の数 | 5本 | 5本 | 4本 | 5本 |
| 足跡の爪跡 | 不明瞭 | 明瞭(指が細長く人の手に似る) | 明瞭 | 明瞭(爪が長い) |
| 木登り | 得意。電線も渡る | 得意 | 不得意 | 不得意 |
| フン | 細長い棒状。果実の種が混ざる | 内容物は多様 | 決まった場所にためる(ためフン) | 巣の近くに穴を掘ってする |
この表は、京都府農林水産技術センターの『野生鳥獣被害対策ガイド』、東京都農業振興事務所作成の見分け方資料、環境省中国四国地方環境事務所の『アライグマ等防除ハンドブック』の記載をもとに整理しました。なお、ハクビシン・タヌキ・アナグマの足跡の実寸を示した公的資料は確認できていません。
ハクビシンとタヌキを分ける最も確実な指標は足跡の指の本数です。タヌキだけが4本で、ハクビシン・アライグマ・アナグマは5本です。
日本にいるハクビシンはどこから来たのか

ハクビシンが日本の在来種なのか外来種なのかは、長く議論の対象でした。この論争は2010年代の遺伝学的研究によって大きく決着に向かいましたが、経緯を知っておくと、いまも残る「在来種説」の記述に惑わされずに済みます。
在来種説の根拠
在来種説を支えたのは主に2つの主張です。ひとつは今泉吉典(1977)による形態学的な指摘で、日本産個体の頭骨や顔の斑紋が、国外で知られる10数亜種のいずれにも一致しないというものでした。もうひとつは御厨正治(1978)が提示した文献学的な推定で、江戸期の『類聚名物考』に載る「雷獣図」がハクビシンを描いたものだとし、江戸時代にはすでに生息していたのではないかと論じました。
外来種説の根拠
これに対し中村一恵ほか(1989)は、次の点を挙げて外来種説を支持しました。確実な最初の国内記録が1943年と新しいこと、分布が東北・関東中部・四国の3地域に分かれていて近畿と中国地方からの報告がないこと、そして近年の分布変動が著しいことです。また岡田章雄(1981)は、江戸期に「雷獣」として描かれた動物はテンをイメージしたものである可能性を指摘しました。
「雷獣=ハクビシン」説については、2019年に国会で正面から取り上げられています。質問主意書は、栗本丹洲の写生画(1737年)や伴蒿蹊の図画(1806年)などを検証し「その姿かたちから、いずれも明らかにハクビシンではない」と指摘しました。これに対する政府答弁書は、環境省が「ハクビシンが『雷獣』として古い図画に描かれたという考えを持っていない」と明言しています。
つまり「雷獣=ハクビシン」は定説ではなく、在来種説側の一主張として提示され、その後否定された仮説です。この点を断定的に書いている解説は、現在の理解を反映していません。
戦前の毛皮用移入
外来種説の中核をなすのが、毛皮獣として輸入されたという証言群です。中村ほか(1989)が収集した記録には、福島市西部で「動物商よりタイワンタヌキと称する動物を買ったが、毛皮が粗悪で値段が安いため、逃げられたり裏山に放したりした」という聞き取り、愛媛県での「昭和13年頃、毛皮需要の増加に伴って沢山移入し、終戦の飼料不足のため山野に放たれた」という記述(水野 1961)、徳島県での「戦前業者がハクモテンという名前で毛皮獣として台湾から移入した」という記述(阿部 1965)などが含まれます。
同論文は、持ち込みが1930年代、野生化が1940〜45年と推定しています。ただしこれらはすべて証言と既往報告の集成であり、輸入統計にもとづく「いつ・どこへ・何頭」という記録は確認できません。頭数は「相当数」「沢山」といった定性的な記述にとどまります。
DNA解析が示した台湾由来
議論を前に進めたのは、北海道大学の増田隆一らによる一連の遺伝学的研究です。
Masuda ほか(2010、Zoological Science)はミトコンドリアDNAの比較から、日本集団の祖先が台湾集団に由来し、それが東南アジア集団とは系統的に異なることを示しました。Inoue ほか(2012、Conservation Genetics)は核DNAのマイクロサテライト解析で個体群構造を確認しています。
最も包括的なのが Endo ほか(2020、Mammal Study)です。日本206個体・台湾20個体の計226個体について、ミトコンドリアDNA制御領域523塩基対を解析し、13のハプロタイプを検出しました。このうちJT1〜JT3は日本と台湾で共有され、J1〜J3は日本のみ、T1〜T7は台湾のみに見られました。
東日本ではJT1が優占し、中部本州と四国ではJT3が頻出します。群馬・東京では複数のハプロタイプが混在していました。著者らはこの結果から、台湾由来であることを支持したうえで、東日本に複数の導入経路があったこと、四国の個体群が中部本州とは別の創始イベントに由来することを示唆しています。
なお、日本の個体群が中国大陸由来であるとする論文は確認できません。「複数系統」という表現は、台湾内の異なる系統から複数回にわたって持ち込まれたことを指します。
行政上の整理と、残る留保
環境省は2015年の外来種リスト作成時に「生態学や哺乳類学等の知見を有する科学者の知見に基づき、ハクビシンが明治時代以前に導入された外来種である」と整理しています。
ただし、国立環境研究所の侵入生物データベースは日本国内の個体群の起源を「不明」としたままであり、Endo ほか(2020)も「日本への導入経路と拡大の過程はいまだ不明瞭である」と論文冒頭で述べています。外来種であること自体はほぼ確立した一方、いつ・どのように入ってきたかの詳細は未解明というのが、現在の正確な位置づけです。
日本国内の分布と、その広がり方

環境省生物多様性センターが2018年8月に公表した「平成29年度 要注意鳥獣(クマ等)生息分布調査」が、全国規模では最新のまとまった調査です。平成22年(2010年)以降の生息分布情報を対象に、既存資料の整理と全市区町村アンケート(回答率99.2%)を組み合わせています。
| 種 | 分布メッシュ数(5kmメッシュ) | 全国19,255メッシュに対する割合 | 分布都道府県数 |
|---|---|---|---|
| ハクビシン | 5,052 | 約26% | 37都府県 |
| アライグマ | 3,862 | 約20% | 44都道府県 |
| ヌートリア | 1,544 | 約8% | 18府県 |
分布していないのは10都道府県
同調査で分布情報が得られなかったのは、北海道・山口県・福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県・沖縄県の10都道府県です。北海道については「過去に報告があるが近年は確認されていない」とされ、九州地方については「まだ確実な分布情報が得られていません」と記載されています。
メッシュ数が多いのは福島322、長野306、山形275、岩手274、新潟263、高知236で、東北から中部にかけてと四国に濃い分布が見られます。逆に島根4、鳥取10、広島16と、中国地方は記録が薄い状態です。
「43都道府県から37都府県に減った」のではない
2002年公表の調査(第5回自然環境保全基礎調査、調査実施は1997〜98年度)では、大阪府・鳥取県・大分県・沖縄県を除く43都道府県に分布するとされていました。2017年度調査の37都府県と比べると減っているように見えますが、これは分布の縮小ではなく集計基準の違いです。2002年の報告は過去の記録の蓄積を含むのに対し、2017年度調査は平成22年以降の情報に限定しています。この2つを直接比較した記述は誤りです。
政府自身は2019年の答弁書で、1997〜98年度と2015〜17年度の調査から、ハクビシンを「分布が拡大傾向にあるもの」と認識していると明言しています。
なぜ広がったのか
農林水産省の『野生鳥獣被害防止マニュアル【中型獣類編】』(令和6年3月)は、中型獣類が定着し増加する原因を「食べ物と休息場所が揃うこと」とし、「農地が餌場となり、人里や市街地が休息場所になっている」現状を指摘しています。ハクビシンについては「食の柔軟性が高いことも、様々な環境で生息可能」な理由に挙げられています。
なお、「耕作放棄地の増加」「温暖化」「狩猟者の減少」といった要因がしばしば挙げられますが、注意が必要です。Baek ほか(2025、Communications Earth & Environment)は過去約40年の分布拡大について耕作放棄地の増加と降雪量の減少を要因として実証していますが、この研究の対象6種にハクビシンは含まれていません(ニホンジカ、カモシカ、ニホンザル、ツキノワグマ、イノシシ、ヒグマ)。また、狩猟者の減少をハクビシンの分布拡大要因として明示した公的文書や査読論文は確認できていません。
どこに棲み、どう動くのか

行動圏
福島義輝ほか(2023、哺乳類科学)は、岩手県盛岡市の都市域でGPS首輪を装着した5頭を追跡し、行動圏は63.6〜298.4ha(100%最小凸多角形法)で、農村域の既報と同程度であることを報告しました。個体間で行動圏が大きく重複していたこと、道路・河川・鉄道が移動の阻害要因となること、商業地域を回避することも示されています。
中国中南部での研究(Zhou ほか 2014、Journal of Mammalogy)では、12頭の追跡から平均192.6ha(範囲64〜451ha)が得られています。雄276.8ha、雌136.5haと差があるように見えますが、統計的な有意差はありません。
季節変化については、埼玉県農林総合研究センターが「冬期には行動圏が狭くなり、集落に依存した生活」になると記載しています。
完全に近い夜行性
野上達也(2022)は金沢市の自然園での自動撮影カメラ調査で、撮影記録の99.6%が19時から5時の夜間であったと報告しています。福島ほか(2023)も「ほぼ完全に夜行性で、日中はねぐらにとどまる」としています。
ねぐらは複数を使い分ける
日中の休息場所としては、樹洞、洞窟のほか、納屋・家屋・寺社仏閣の屋根裏、倉庫が使われます。西東京市の防除マニュアルは「複数のねぐらを餌場によって使い分ける」と記載し、埼玉県農林総合研究センターも「行動域内に複数の寝場所を持っている」としています。
都市環境での長期利用を示した例として、Seki ほか(2024、Journal of Veterinary Medical Science)が、カメラトラップで免震建物の隙間を約3年間継続的に利用していた事例を報告しています。
木登りと、通り抜けられる隙間
ハクビシンは木登りと綱渡りを得意とし、雨どい、柱、電柱を登り、電線や細い針金、たるんだロープの上をバランスを取って移動します。西東京市の資料は120cm程度の柵を登り越えるとしています。
通り抜けられる隙間の大きさについては、資料によって記載に幅があります。
| 出典 | 記載 |
|---|---|
| 東京都環境局 | 8センチメートル四方の隙間にも入り込む |
| 西東京市 防除マニュアル | 小さな隙間(8センチ四方程度)をくぐり抜けられる |
| 農林水産省 被害防止マニュアル | 6cm×12cmの隙間があれば侵入可能 |
数値の由来となる実験的な一次研究は確認できておらず、いずれも行政資料の記載です。実務上は「頭が入る大きさ、おおむね8cm前後の隙間があれば通る」と理解し、封鎖の際はそれより小さい隙間も対象にするのが安全です。
冬眠はしない
Zhou ほか(2014)は、冬季に活動時間が減少するものの連続した不活動期間はなく、冬眠および半冬眠は否定されると明記しています。小坂井千夏ほか(2019、農研機構研究報告)も「冬季に活動が低下する傾向」としており、活動量は減っても活動自体は続きます。「冬になれば出ていく」という期待は、生態的な裏付けを持ちません。
単独性かどうかは文献が割れている
国外の総説(Nowak 1999 にもとづく Animal Diversity Web)は「単独性・テリトリー性」とします。一方、Zhou ほか(2014)は個体間で行動圏が重複していることから集団生活の可能性を指摘し、福島ほか(2023)も都市域での大きな重複を報告しています。埼玉県農林総合研究センターは「ナワバリはなく、エサ場、寝場所は共有」「1頭追い出しても複数の個体に侵入されることが多い」と記載しています。
したがって、単独性と断定するのは適切ではありません。なお「1つの建物に何頭入るか」を示した定量データは、査読論文・行政資料のいずれでも確認できていません。
何を食べているのか

ハクビシンは果実を中心とした雑食性です。東京都環境局は「果実や野菜等の植物質から、小型哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、甲殻類、昆虫類等の動物質のものまで幅広く食べる。特に果実を好む」としています。
糞内容物の分析結果
吉野勲・萩原信介(2010)は、国立科学博物館附属自然教育園(東京都港区)で2008〜2009年に採集した糞を分析し、内容物のほぼ全てが植物質で、動物質は確認されなかったと報告しました。エノキの種子135個、ムクノキの種子99個など樹木の果実が主体です。同時に調査したタヌキとは食物の重複がほとんどなく、樹上で採食するハクビシンと地上で採食するタヌキが棲み分けによって共存していると考察されています。
中国中部での研究(Zhou ほか 2008、Journal of Mammalogy)では季節による大きな切り替えが示されています。果実の多い6〜10月は森林では野生果実、農地では栽培果実が主食になる一方、11〜5月には森林の個体が主にネズミ類と鳥類を採食していました。
長野県環境保全研究所の鈴木夏海ほか(2021)は、軽井沢町での寄生蠕虫相の調査から「基本的には果実を中心とした植物食寄りの雑食性」と評価しています。
なお、「果実が食性の何パーセントを占めるか」という定量値を示した日本国内の査読論文は確認できていません。定性的には「果実中心の雑食」で各文献が一致しています。
好まれる果実
糞や採食記録から確認されているのは、エノキ、ムクノキ、ミズキ、カキノキ、ムベ、ツタ、ギンナン、ビワです。農作物被害の面ではブドウ、カキ、イチゴ、ミカン、モモ、サクランボ、トウモロコシ、トマト、スイカ、メロンが挙げられます。小坂井ほか(2019)は飼育個体でカキの摂取効率を測定し、先行研究でイチゴが高効率で摂取されることを報告しています。
繁殖と生活史

繁殖に関する記載は、国内の行政資料と国外の文献で食い違う部分があります。
| 項目 | 記載 | 出典 |
|---|---|---|
| 繁殖期 | 一年中繁殖が可能(年に1回) | 東京都環境局 |
| 繁殖期 | 1年中産む。夏から秋にかけて多い傾向 | 西東京市 |
| 繁殖季節 | 少なくとも1〜9月と推定 | 豊田ほか(2012)埼玉県168頭 |
| 妊娠期間 | 約2か月 | 西東京市 |
| 産仔数 | 1〜4頭 | 東京都環境局 |
| 産仔数 | 平均2〜3頭 | 西東京市・板橋区 |
| 受胎数 | 2.9±0.9 | 豊田ほか(2012) |
| 年間出産回数 | 年1回、不定期 | 東京都環境局・板橋区 |
| 年間出産回数 | 年2回(早春と晩秋) | Nowak 1999 ほか(国外文献) |
| 性成熟 | 生後10か月以降で繁殖可能 | 西東京市 |
| 寿命 | 飼育下 最大20年/野生 平均約10年 | Nowak 1999 ほか |
年間の出産回数について、日本の行政資料は「年1回」、国外文献には「年2回」とするものがあり、一致していません。日本国内の個体群については、豊田ほか(2012)が「移入種のハクビシンが日本の気候に順応し、高い繁殖能力を有している」と結論づけており、経産率57.4%という数値もここから得られています。
妊娠期間の正確な日数を示した日本の査読論文は確認できておらず、行政資料の「約2か月」という記載にとどまります。
繁殖が各地で実際に起きていることは、観察記録からも裏付けられています。板橋正憲ほか(2010)は横浜市内184件の保護記録について「すべての地区において幼獣や妊娠雌が含まれており、市内全域で繁殖している可能性」を指摘しています。
農作物への被害

農林水産省「野生鳥獣による農作物被害状況」によると、令和6年度(2024年度)のハクビシンによる農作物被害額は4億7,808万円、被害面積280ha、被害量1,401tです。
鳥獣種別では全体8位、獣類では6位
| 順位 | 鳥獣種 | 被害金額(万円) |
|---|---|---|
| 1 | シカ | 785,062 |
| 2 | イノシシ | 445,593 |
| 3 | カラス | 136,401 |
| 4 | ヒヨドリ | 80,638 |
| 5 | サル | 77,009 |
| 6 | アライグマ | 69,251 |
| 7 | クマ | 51,903 |
| 8 | ハクビシン | 47,808 |
| 9 | カモ | 35,110 |
| (参考) | タヌキ | 15,857 |
全国の鳥獣被害総額はおよそ188億円で、ハクビシンのシェアは約2.5%です。
面積は減っているのに、金額は過去最高
長期推移を見ると、興味深い傾向が読み取れます。被害面積は平成22年度(2010年度)の1.1千haをピークに令和6年度の0.3千haまで減少しているにもかかわらず、被害金額は令和6年度に4億7,808万円と、記録のある平成12年度以降で最高値を記録しました。平成12年度の4,500万円と比べると約10.6倍です。
面積あたりの被害額が上がっているということは、単価の高い作物に被害が集中していることを意味します。実際、平成18年度の被害額2億3,000万円のうち1億4,000万円以上が果樹でした。ハクビシンの果実嗜好性が、そのまま被害の性格を決めています。
なお農林水産省は平成27年度〜令和6年度分について訂正を公表しているため、古い年度の数値を引用する際は訂正版の確認が必要です。
住家への侵入と、統計が存在しないという問題

屋根裏への侵入、糞尿による天井板の腐食や落下、騒音、悪臭——これらの住家被害は、ハクビシンをめぐる相談の中心を占めます。ところが、住家被害には全国統計が存在しません。
環境省「鳥獣関係統計」が集計しているのは捕獲数と狩猟免許数であり、住家被害の件数や金額は項目にありません。農林水産省の統計は農作物被害のみを対象としています。鳥獣保護管理法の捕獲許可には「生活環境被害の防止」という目的区分がありますが、公表されるのは目的別の捕獲数であって被害件数ではありません。
そのため、住家被害の規模は自治体ごとの相談件数から推し量るしかありません。
| 自治体 | 内容 | 数値 |
|---|---|---|
| 世田谷区 | ハクビシン等の相談件数 | 令和6年度 365件/令和7年度 400件(増加傾向と明記) |
| 豊島区 | 令和元年度 目撃情報 | 目撃133件/箱わな設置55件/捕獲21頭 |
| 栃木県 | 令和5年度 有害捕獲数 | 602頭 |
| 名古屋市 | 2011〜2020猟期の標本登録 | 247個体(2011年2個体→2020年63個体) |
特徴的な数字として、京都市で2018年に研究目的で捕獲されたハクビシン87頭のうち46%が社寺で捕獲されたという記録があります。古い木造建築に隙間が多く、夜間に人が立ち入らないという条件が重なるためと考えられます。
捕獲数は20年で大きく増えた
環境省「鳥獣関係統計」にもとづく捕獲数の推移は次のとおりです。狩猟鳥獣に指定される1994年以前は年間200頭前後でした。
| 年度 | 捕獲数 |
|---|---|
| 平成13年度(2001)まで | 150〜300頭程度 |
| 平成16年度(2004) | 1,890頭(狩猟719+有害捕獲1,171) |
| 平成22年度(2010) | 10,588頭 |
| 平成24年度(2012) | 12,880頭 |
| 平成26年度(2014) | 16,491頭 |
| 平成27年度(2015) | 15,885頭 |
平成16年度から平成26年度までの10年間で約8.7倍に増えています。平成30年度(2018年度)の内訳では許可捕獲が95%、狩猟は5%でした。狩猟統計だけを見ていては、実態の20分の1しか把握できないことになります。
なお、平成28年度以降の年度別頭数は環境省がExcel形式でのみ公開しており、本記事の調査時点では数値を確認できていません。
感染症と公衆衛生上の位置づけ

ハクビシンをめぐる記述のなかで、最も誤情報が多いのがこの分野です。実証されていることと、されていないことを分けて書きます。
SARSコロナウイルス——中間宿主であり、自然宿主ではない
2003年、Guan ほか(Science)が広東省の生鮮動物市場のハクビシンからSARSコロナウイルス類似ウイルスを分離し、ハクビシンはSARSの文脈で広く知られるようになりました。ただし同論文自身が「自然宿主は同定されていない」と明記しています。
翌2004年、Tu ほか(Emerging Infectious Diseases)が決定的なデータを示しました。
| 調査対象 | 抗体陽性率 |
|---|---|
| 市場の個体 | 14/18(78%) |
| 養殖場の個体(広東省) | 4/38(約10%)。うち1農場のみ4/10で、他農場は0% |
| 河南・湖南の農場個体(2003年6月) | 0/47 |
| 腸管組織のRT-PCR | 0/56(ウイルス遺伝子検出なし) |
著者らは「ハクビシンは自然宿主ではなく、主に市場あるいは取引に関連した過程で感染している」と結論づけました。さらに Li ほか(2005、Science)がキクガシラコウモリ属(Rhinolophus)を自然宿主と同定し、Hu ほか(2017、PLoS Pathogens)は雲南省の単一の洞窟のコウモリから、ヒトSARSコロナウイルスのすべてのゲノム構成要素が揃うことを示しました。
整理すると、SARSの自然宿主はコウモリであり、ハクビシンは中国南部の生鮮動物市場という人為的な密飼い環境のもとで感染し、ヒトへの橋渡しをした中間宿主です。
そのうえで、次の2点は明確に誤りです。
- 日本のハクビシンがSARSを持っている——日本の個体群からSARS関連コロナウイルスが検出された報告は確認できません。2003年の事例は中国南部の市場個体に限られます。
- ハクビシンが新型コロナウイルス(COVID-19)の宿主——ハクビシンとSARS-CoV-2を結びつける科学的根拠は確認できません。SARS(2003年)とCOVID-19は別のウイルスです。
トキソプラズマは、ハクビシンの糞からは感染しない
「ハクビシンの糞にトキソプラズマがいるので妊婦は危険」という記述をしばしば見かけますが、これは寄生虫学的に誤りです。
トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)の終宿主はネコ科動物のみで、感染力を持つオーシストを糞便中に排出するのもネコ科動物だけです。内閣府食品安全委員会の資料は「オオシストは猫からのみ見つかります」と明記し、岐阜大学の資料も「ネコ科動物のみが環境中に虫体を排出する」としています。
ハクビシンはジャコウネコ科であり、ネコ科ではありません。したがってハクビシンの糞からオーシストが排出されることはなく、糞を介したトキソプラズマ感染という経路は成立しません。ハクビシンは中間宿主にはなりうるため組織内にシストを保有する可能性はありますが、それは糞便感染とは別の話です。なお、日本の野生ハクビシンにおけるトキソプラズマ抗体陽性率の報告は確認できていません。
行政資料の「18疾患リスト」の正しい読み方
厚生労働省・国立感染症研究所・環境省などが監修した東京都の参考資料「アライグマ・ハクビシンに関する主な人獣共通感染症」には、狂犬病、トキソプラズマ症、エキノコックス症、サルモネラ感染症、SARS、疥癬、日本紅斑熱、SFTS、レプトスピラ症、E型肝炎など18疾患が列挙されています。
この一覧は、しばしば「ハクビシンが持っている病原体リスト」として引用されます。しかし本文を精査すると、ハクビシンに固有の記載があるのはSARSとアライグマ回虫幼虫移行症の2項目のみで、他は「アライグマ・ハクビシン対策の現場で一般に注意すべき人獣共通感染症」の解説です。保有が実証された病原体のリストではありません。
日本国内で実際に検出されている寄生虫
日本の野生ハクビシンから実際に検出された寄生虫の報告は、以下のとおり限定的です。
内部寄生虫:鈴木夏海ほか(2021、長野県環境保全研究所)は、軽井沢町で2010〜2020年に得られた個体から回虫類(未成熟虫)、鉤頭虫(Centrorhynchus 属の一種)、線虫を検出し、糞便から毛細線虫卵を検出しました。国内他地域の既知寄生虫として横川吸虫、マンソン裂頭条虫、鉤虫類が挙げられています。同論文は「ハクビシンの蠕虫相は、同地域のアライグマやアメリカミンクと比較して構成種数がきわめて限られていた」と述べています。
外部寄生虫:高橋守ほか(2026、川の博物館紀要)は埼玉県毛呂山町で捕獲された3個体から、キチマダニ、ネコノミ、ケモノハジラミ、トカゲツツガムシ幼虫363個体、タテツツガムシ1,454個体、タヌキナガノミを採集しています。明尾亮佑ほか(2025、人と自然)は兵庫県南部でハクビシン3個体を調査しノミの寄生は確認されなかったと報告する一方、埼玉県西部でのミカドケナガノミの寄生例に言及しています。
ここで区別すべきは、マダニやツツガムシを家屋周辺に持ち込みうるという可能性と、実際にヒトが感染した事例の有無は別問題だということです。ハクビシンが原因でヒトが日本紅斑熱やツツガムシ病、SFTSに感染したという報告は確認できていません。
E型肝炎・サルモネラ・レプトスピラ・疥癬について
いずれも、日本の野生ハクビシンでの検出報告は確認できませんでした。国内の野生動物におけるE型肝炎ウイルス調査はイノシシ・シカを対象としたものが中心です。中国海南省の養殖個体では微胞子虫(Enterocytozoon bieneusi)が251頭中128頭(51.0%)で検出された報告がありますが(Zhao ほか 2021)、これは高密度飼育下のデータであり、日本の野生個体の保有状況を示すものではありません。
糞尿の清掃に防護具が必要であることは変わりません。乾燥した排泄物の粒子を吸い込むリスク、ダニやノミが居住空間に移動するリスクは実在します。ただしその根拠として、確認されていない病原体名を並べる必要はありません。
法律上の位置づけと、できること・できないこと

鳥獣保護管理法の対象であり、狩猟鳥獣
ハクビシンは「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(鳥獣保護管理法)の対象です。1994年(平成6年)に、アライグマ、ミンク、ヒヨドリ、ムクドリとともに狩猟鳥獣に指定されました。現行の狩猟鳥獣は46種(鳥類26種・獣類20種)です。
特定外来生物には指定されていない——その理由
ハクビシンは外来生物法の特定外来生物には指定されていません。これは被害が小さいからではなく、指定基準の導入時期要件に該当しないためです。
政府答弁書によれば、外来生物法の基本方針にもとづく選定基準は「概ね明治元年以降に我が国に導入されたと考えるのが妥当な生物」を対象としており、ハクビシンは有識者の知見にもとづきこの基準に該当しないと整理されています。明治以前に導入された外来種という位置づけが、そのまま制度上の線引きになっています。
一方で「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト」には掲載されています。2015年の第1版では「重点対策外来種」、2026年9月公表の第2版では「総合対策外来種——防除推進外来種」に区分され、定着段階は「分布拡大期〜まん延期」とされています。
捕獲の3つのルート
| ルート | 根拠 | 要件 |
|---|---|---|
| 狩猟 | 法第11条 | 狩猟免許+狩猟者登録+狩猟期間内+狩猟可能区域。許可は不要 |
| 許可捕獲(有害鳥獣捕獲) | 法第9条 | 都道府県知事(多くは市町村長に権限委譲)の許可。通年実施可能 |
| 外来生物法にもとづく防除 | 外来生物法 | ハクビシンは特定外来生物ではないため、このルートは使えない |
狩猟期間は、北海道以外が毎年11月15日から翌年2月15日まで、北海道が10月1日から翌年1月31日までです。都道府県によって延長や制限があります。箱わなで捕獲する場合はわな猟免許が必要です。
許可なくできること・できないこと
法第8条により、野生鳥獣の捕獲等は原則として禁止されています。被害が発生しているからといって自由に捕獲できるわけではありません。
許可なくできないこと:罠を仕掛けて捕獲すること、殺処分すること、卵やヒナがいる巣を撤去すること、違法に入手した個体を飼育・販売・譲渡すること。
許可なくできること:侵入口の封鎖、餌になるものの除去、忌避剤の使用、環境整備。これらは捕獲にあたらない防除行為です。
罰則
| 条文 | 違反行為 | 罰則 |
|---|---|---|
| 第83条 | 無許可の捕獲等(第8条違反)、狩猟期間外の狩猟など | 1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金 |
| 第84条 | 違法入手個体の飼養・販売・譲渡・加工、禁止猟法の使用など | 6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 |
| 第86条 | 標識を付けずに網猟・わな猟をした | 30万円以下の罰金 |
2025年6月1日施行の刑法改正により「懲役」は「拘禁刑」に一元化されました。自治体のウェブページには「1年以下の懲役」という旧表記が残っているものが多く見られますが、現行法では「1年以下の拘禁刑」です。
よく見かける誤りと、その訂正

ここまでに整理した内容のうち、一般の解説でとくに繰り返されている誤りをまとめます。
| よく見かける記述 | 実際のところ |
|---|---|
| ハクビシンの糞にトキソプラズマがいるので妊婦は危険 | 終宿主はネコ科のみ。ジャコウネコ科のハクビシンの糞からオーシストは排出されない |
| ハクビシンはSARSの宿主 | 自然宿主はキクガシラコウモリ属。ハクビシンは中国の市場で感染した中間宿主。日本の個体群からの検出報告はない |
| ハクビシンは新型コロナを媒介する | SARS-CoV-2と結びつける科学的根拠は確認できない |
| ハクビシンは18種類の感染症を持っている | 行政資料の一覧は「現場で注意すべき人獣共通感染症」の解説。保有実証リストではない |
| 雷獣として江戸時代から記録があるので在来種 | 環境省は「雷獣として描かれたという考えを持っていない」と明言。在来種説側の一主張で、否定されている |
| 分布は43都道府県から37都府県に縮小した | 集計基準の違い。2002年は過去記録の蓄積、2017年度は平成22年以降の情報に限定 |
| 冬になれば寒くて出ていく | 冬眠しない。冬季は活動量が減るが活動は続き、暖を求めて屋根裏への依存はむしろ強まる |
| 追い出せば解決する | ナワバリを持たず寝場所を共有するため、1頭追い出しても別個体が侵入する例が多い(埼玉県農林総合研究センター) |
ハクビシンについてよくある質問
ハクビシンは在来種ですか、外来種ですか
行政上は外来種として整理されています。環境省は2015年の外来種リスト作成時に「明治時代以前に導入された外来種」と位置づけました。遺伝学的研究(Endo ほか 2020)も台湾由来であることを支持しています。ただし国立環境研究所は日本の個体群の起源を「不明」としたままで、導入の経路と時期の詳細は未解明です。
タヌキやアライグマとどう見分けますか
姿が見えるなら、額から鼻先まで走る白い線がハクビシンの決め手です。足跡しかない場合は指の本数を見てください。タヌキだけが4本で、ハクビシン・アライグマ・アナグマは5本です。ハクビシンの足跡は爪跡が不明瞭で丸みを帯び、アライグマは爪跡が明瞭で指が細長く人の手に似ます。
どのくらいの隙間から入ってきますか
東京都と西東京市の資料は「8センチ四方」、農林水産省のマニュアルは「6cm×12cm」としており、資料によって記載に幅があります。実験的に測定した一次研究は確認できていません。実務上は頭が入る大きさ、おおむね8cm前後と理解し、それより小さい隙間も封鎖の対象にするのが安全です。
冬になればいなくなりますか
いなくなりません。ハクビシンは冬眠せず、一年を通じて活動します。冬季は活動量が減り行動圏が狭くなるという報告がありますが、これは集落への依存が強まることを意味します。暖かい屋根裏はむしろ冬に価値が上がります。
1頭追い出せば被害は終わりますか
終わらない場合があります。埼玉県農林総合研究センターは「ナワバリはなく、エサ場、寝場所は共有」「1頭追い出しても複数の個体に侵入されることが多い」と記載しています。複数個体が行動圏を重複させているという報告(福島ほか 2023、Zhou ほか 2014)とも整合します。追い出しに続けて侵入口を物理的に塞がない限り、被害は繰り返されます。
自分で捕獲してもよいですか
できません。鳥獣保護管理法第8条により、野生鳥獣の捕獲は原則として禁止されています。違反すると第83条により1年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金の対象になりえます。捕獲には区市町村への有害鳥獣捕獲許可の申請が必要で、箱わなを使う場合はわな猟免許も要ります。許可なく行えるのは、侵入口の封鎖、餌の除去、忌避剤の使用といった防除行為までです。
ハクビシンから病気がうつりますか
日本の野生ハクビシンで実際に検出が報告されているのは、回虫類などの内部寄生虫と、キチマダニ・ツツガムシ類・ノミなどの外部寄生虫です。E型肝炎、サルモネラ、レプトスピラ、疥癬については、国内のハクビシンでの検出報告を確認できていません。ただし糞尿の清掃には防塵マスクや手袋が必要です。乾燥した排泄物の粒子を吸い込むリスクと、ダニやノミが居住空間に移動するリスクは実在します。
参考文献・出典
公的機関の資料
- 環境省生物多様性センター「平成29年度 要注意鳥獣(クマ等)生息分布調査」2018年8月31日公表 https://www.env.go.jp/press/105902.html
- 環境省自然環境局生物多様性センター『分布を拡大し続ける外来哺乳類』2018年3月 https://www.env.go.jp/content/900512165.pdf
- 環境省「我が国の生態系等に被害を及ぼすおそれのある外来種リスト(第2版)<動物>」 https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/list/list2_animals.pdf
- 環境省「鳥獣の捕獲許可制度」 https://www.env.go.jp/nature/choju/capture/capture1.html
- 環境省「狩猟制度の概要」 https://www.env.go.jp/nature/choju/hunt/hunt2.html
- 農林水産省『野生鳥獣被害防止マニュアル【中型獣類編】』第2-2章 ハクビシン、令和6年3月 https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/manyuaru/R5_tyuugata/r5_tyuugata_2_2.pdf
- 農林水産省「野生鳥獣による農作物被害状況(令和6年度)」 https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/hogai_zyoukyou/index.html
- 国立環境研究所 侵入生物データベース「ハクビシン」 https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/10200.html
- 東京都環境局「アライグマ・ハクビシンについて」 東京都環境局
- 内閣府食品安全委員会/畜産技術協会「トキソプラズマ症」2010年3月 https://www.fsc.go.jp/sonota/hazard/H21_24.pdf
- 衆議院 第198回国会 質問第181号および答弁書(2019年) 答弁書
査読論文・研究報告
- 中村一恵・石原龍雄・坂本堅五・山口佳秀(1989)「ハクビシンの渡来と分布拡散の過程」神奈川自然誌資料 10: 33-41 PDF
- Endo, Y. ほか(2020)”Introduction and expansion history of the masked palm civet, Paguma larvata, in Japan, revealed by mitochondrial DNA control region and cytochrome b analysis.” Mammal Study 45(3): 243-251 全文PDF
- Masuda, R. ほか(2010)”Origins and founder effects on the Japanese masked palm civet Paguma larvata.” Zoological Science 27(6): 499-505
- Inoue, T. ほか(2012)”Genetic population structure of the masked palm civet Paguma larvata in Japan.” Conservation Genetics 13: 1095-1107
- 福島義輝・原科幸爾・西千秋(2023)「都市部に生息するハクビシンの行動圏と移動阻害要因」哺乳類科学 63(1): 29-42 J-STAGE
- 豊田英人・江口祐輔・古谷益朗・植竹勝治・田中智夫(2012)「埼玉県で捕獲されたハクビシンの体型と繁殖状態の季節変化」日本家畜管理学会誌・応用動物行動学会誌 48(2): 57-65 J-STAGE
- 吉野勲・萩原信介(2010)自然教育園報告 41(糞内容物分析) PDF
- 野上達也(2022)「自動撮影カメラで確認された金沢市夕日寺健民自然園のハクビシン」石川県白山自然保護センター研究報告 48: 47-50 PDF
- 鈴木夏海ほか(2021)「軽井沢町で得られたハクビシンとニホンテンの寄生蠕虫類保有状況」長野県環境保全研究所 PDF
- 板橋正憲ほか(2010)「ハクビシンの横浜市内への進出について」神奈川自然誌資料 31: 85-87 PDF
- Zhou, Y. ほか(2014)”Environmental and biological factors influencing the spatial ecology of the masked palm civet.” Journal of Mammalogy 95(3): 534-542
- Zhou, Y. ほか(2008)”Dietary shifts in relation to fruit availability among masked palm civets in Central China.” Journal of Mammalogy 89(2): 435-447
- Tu, C. ほか(2004)”Antibodies to SARS Coronavirus in Civets.” Emerging Infectious Diseases 10(12) CDC EID
- Li, W. ほか(2005)”Bats Are Natural Reservoirs of SARS-Like Coronaviruses.” Science 310(5748)
- Hu, B. ほか(2017)”Discovery of a rich gene pool of bat SARS-related coronaviruses provides new insights into the origin of SARS coronavirus.” PLoS Pathogens PLoS
- 高橋守ほか(2026)「埼玉県を主とした脊椎動物の外部寄生虫相」川の博物館紀要 26 PDF
- 増田隆一『ハクビシンの不思議 どこから来て、どこへ行くのか』東京大学出版会、2024年
本記事で確認できなかった事項
学術的な誠実さのため、調査したうえで数値を確定できなかった項目を記しておきます。
- ハクビシンが通り抜けられる隙間の大きさを実験的に測定した一次研究(行政資料の記載のみ)
- 日本国内の個体群における果実の採食割合の定量値
- 妊娠期間の正確な日数を示した国内の査読論文
- 1つの建物に同時に入る個体数の定量データ
- 平成28年度(2016年度)以降の全国捕獲数の年度別頭数(環境省がExcel形式でのみ公開)
- 日本の野生ハクビシンにおけるE型肝炎ウイルス、サルモネラ、レプトスピラ、疥癬、トキソプラズマの保有状況
- 毛皮用移入の輸入統計にもとづく頭数記録
- 性的二型を統計的に検証した国内の報告
